旭川地方裁判所 平成8年(行ウ)5号 判決 1998年4月21日
主文
一 被告市が原告に対してした、平成六年七月一四日付平成六年度国民健康保険料賦課処分、平成七年六月一六日付平成七年度国民健康保険料賦課処分、平成八年六月一七日付平成八年度国民健康保険料賦課処分をいずれも取り消す。
二 原告の被告市長に対する主位的請求にかかる訴えをいずれも却下する。
三 訴訟費用は、被告市の負担とする。
理由
第一 当事者適格について
法は、国民健康保険の保険者について市町村、特別区及び国民健康保険組合を挙げており(法三条)、保険料賦課処分をするのは保険者であるとされている(法七六条)。
一方、本件条例においては、減免については「市長は」とある(本件条例一九条)のに対し、賦課の場面では特に主体を明示していないことから法のとおり保険者が直接賦課処分をする前提になっていると解される。したがって、賦課処分自体を対象とする訴えの被告適格を有するものは被告市である。
そうすると、原告の主位的請求のうち、被告市長に対し、各年度の保険料賦課処分の取消しを求めた訴えはその余について判断するまでもなく、不適法であるから、却下を免れない。
第二 不服申立て前置について
保険料賦課処分に不服ある者が、処分の取消しの訴えを提起する場合は、審査会に対する審査請求の裁決を経た後でなければ訴えを提起することができないところ、原告は平成七年度保険料賦課処分に関する訴えを提起するに当たって審査会に対する審査請求をしていないことは当事者間に争いがない。そこで、行政事件訴訟法八条二項三号の「裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」に該当するか否かについて判断する。
たしかに、保険料の賦課は、年度が異なれば、それぞれ独立した処分であり、年度毎に所得や資産の状況が異なれば賦課額も異なり、審査会の審査における各処分の評価が違ってくることも考えられるから、一般論として、同趣旨の各処分に対する審査請求について既に審査会の請求棄却の裁決がなされていることだけをもって、裁決の結果が明らかであって各処分が是正される可能性がなく、原告が本件各処分につき審査請求をしたとしても同一の結論を下すであろうことが十分に予測されるとは言い難いところである。
しかしながら、不服理由によっては審査会の有する審査権の性格や限界から同種の後続処分について同じ不服理由に基づいて審査請求をしても同一の結論になることが明らかであると予測できる場合があり、このような場合には「裁決を経ないことにつき正当な理由がある」と解すべきである。
《証拠略》によれば、原告は、平成六年度保険料賦課処分について、審査会に審査請求をしたが、不服理由は、その処分の根拠となった本件条例が憲法八四条、九二条に反した無効なものであるから保険料賦課処分も無効であるというものであり、これに対する審査会の判断は、条例自体には処分性はないこと、違憲審査権は司法権の専属であっていずれにしても条例自体の審査は審査請求の対象でないということを理由として、原告の請求を棄却したことが認められる。そして、原告は平成七年度の賦課処分についても本訴でその根拠である本件条例の違憲性を主張し、それが争点となっているのであるから、仮に原告が平成七年度の処分についてやはり本件条例の違憲性を理由に審査請求をしても、前年度と同じ理由によって請求棄却の判断が出たであろうことは、(審査会に違憲審査権を与える等という憲法改正が行われていない以上)当然に予測できる。
そうすると、原告が平成七年度保険料賦課処分について、その根拠条例の違憲性を争う場合に審査請求をしていないのは「裁決を経ないことにつき正当な理由がある」と言いうる。
第三 本件条例の憲法適合性について
一 租税条例主義
いわゆる租税法律主義とは、行政権が法律に基づかずに租税を賦課徴収することはできないとすることにより、行政権により恣意的な課税から国民を保護するための原則であって、憲法八四条の「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」との規定は、この原則を明らかにしたものと解される。
そして、地方自治に関する憲法九二条に照らせば、地方自治の本旨に基づいて行われるべき地方公共団体による地方税の賦課徴収については、住民の代表たる議会の制定した条例に基づかずに租税を賦課徴収することはできないという租税(地方税)条例主義が要請されるというべきであって、この意味で、憲法八四条にいう「法律」には地方税についての条例を含むものと解すべきであり、地方税法三条一項が「地方団体は、その地方税の税目、課税客体、課税標準、税率その他賦課徴収について定をするには、当該地方団体の条例によらなければならない。」と定めているのは、右憲法上の要請を確認的に明らかにしたものと解される。したがって、右地方税条例主義の下においては、地方税の賦課徴収の直接の根拠となるのは条例であることになる。
二 国民健康保険制度への適用の有無
保険料は形式的には租税でないから、これに租税法律主義の適用があるか否かを判断するためには、保険料の性質について慎重な検討を経ることが必要である。
1 国民健康保険事業は、被保険者の疾病、負傷、出産又は死亡に関して必要な保険給付を行い、社会保障及び国民保険の向上に寄与することを目的とする制度で(法一条、二条)、社会保障の一環として位置付けられ、保険者には東京都特別区を含む市町村と国民健康保険組合がなり(法三条)、国民健康保険に係る事務は、団体委任事務として市町村が処理することとされている(自治法二条九項、別表第二の二の(一六))。被保険者は市町村にあっては、他の健康保険の被保険者等の例外を除き強制加入であり(法五条、六条)、被保険者の資格、保険料の賦課及び徴収、給付内容等の大綱的事項は、法に規定されているが、賦課及び徴収等に関する具体的事項は、法八一条により保険者が条例で定めることとされており、被告市は、右規定に基づき本件条例を制定している。
国民健康保険制度では、その事業の経費に充てるために、保険料を徴収するか(法七六条本文)、保険税を賦課するか(法七六条ただし書き、地方税法七〇三条の四)のいずれかを選択しなければならないこととなっているところ、被告市は保険料制度を採用している。保険料は保険者が決定したものを一方的に徴収され(法七六条)、支払わなければ滞納処分も受ける(法七九条の二、八〇条)。被告市では、賦課徴収について本件条例のほか、市税条例の定めるところによるとされている(本件条例二二条)。国民健康保険に関する収入及び支出については、市町村の一般会計から分離し、特別会計を設けなければならないとされていることから(法一〇条)、被告市においても国民健康保険事業特別会計を設けている。《証拠略》によれば、平成六年度特別会計決算では、保険料収入は全収入の約三三パーセントであり、他年度もほぼ同様である。
2 このように、国民健康保険は、<1>強制加入制であること、<2>その保険料又は保険税は選択的とされ、いずれも強制的に徴収されるものであること(特に被告市においては賦課徴収方法について市税条例が準用されていること)、<3>その収入の約三分の二を公的資金でまかない、保険料収入は三分の一にすぎないのであるから、国民健康保険は保険というよりも社会保障政策の一環である公的サービスとしての性格が強く、その対価性は希薄であること等の事実に照らせば、このような性質を有する徴収金(保険料)は、保険税という形式を採っていなくても、民主的なコントロールの必要性が高い点で租税と同一視でき、一種の地方税として租税法律(条例)主義の適用があると解するべきである。
この点につき被告らは、保険料と保険税とは全く異なったものであって、次のとおりの相異が認められると主張する。
(1) 法形式上は、保険料は法に基づく徴収金であり、保険税は地方税法に基づく税である。保険料については厚生省が準則を示しており、保険税については自治省が市(町・村)国民健康保険税条例(準則)を示している。
(2) 徴収の方法については、保険料は原則としては自治法に基づき地方公共団体の歳入の収入方法によるが、保険税は地方税法に基づく租税としての徴収方法による。
(3) 徴収権及び還付請求権の消滅時効については、保険料にあっては二年である(法一一〇条)が、保険税にあっては五年である(地方税法一八条、一八条の三)。
(4) 徴収権の優先順位については、保険料にあっては国税及び地方税に次ぐこととなる(自治法二三一条の三第三項)が、保険税にあっては国税に次ぎ、他の地方税と同順位となっている(地方税法一四条)。
しかしながら、これらの違いは法形式の違いから来る技術的な帰結として認めることはできても、このことだけで、本質的な性質の違いを表しているものとは認められないのであって、保険料という形式を採っていても、加入強制に始まって、必ずしも保険給付と対価関係に立たない保険料を強制的に徴収するものである以上、その本質は税と異ならないか、あるいは税に準ずるものといわなければならない。
三 法八一条の解釈
租税法律(条例)主義は、行政権の恣意的課税を排するという目的からして、当然に、課税要件のすべてと租税の賦課徴収手続は、法律(条例)によって規定されなければならないという課税要件法定(条例)主義と、その法律(条例)における課税要件の定めはできるだけ一義的に明確でなければならないという課税要件明確主義とを内包するものである。
したがって、法八一条が保険料について「賦課額、料率、賦課期日、納期、減額賦課その他保険料の賦課及び徴収等に関する事項は、政令で定める基準に従って条例又は規約で定める。」としたのは(規約とは国民健康保険組合の規約(法一七条、一八条)を指すと解される。)、保険料についても賦課要件条例主義と賦課要件明確主義が妥当することを確認的に規定したものと解すべきであって、この趣旨に反する条例は違法でもあるといわなければならない。
四 賦課要件条例主義等の内容及び基準
課税要件法定主義については、課税要件及び租税の賦課・徴収に関する定めを政令・省令等に委任することは許されると解されており、課税要件明確主義についても、法の執行に際して具体的事情を考慮し、税負担の公平を図るためには、不確定概念を用いることは、ある程度は不可避であり、また必要でもあると解される。その他の場合でも、諸般の事情に照らし、不確定概念の使用が租税正義の実現にとってやむを得ないものであり、恣意的課税を許さないという租税法律(条例)主義の基本精神を没却するものではないと認められる場合には、課税要件に関して不確定概念を用いることが許容される余地があるというベきである。ただし、立法技術上の困難などを理由に、安易に不確定、不明確な概念を用いることが許されないことはもとより当然であり、また、不確定概念が許容されるためには、その立法趣旨などに照らした合理的解釈によって、その具体的意義を明確にできるものであることを要するというベきで、このような解釈によっても、その具体的意義を明確にできない不確定、不明確な概念を課税要件に関する定めに用いることは、結局、その租税の賦課徴収に課税権者の恣意が介入する余地を否定できないものであるから、租税法律(条例)主義の基本精神を没却するものとして許容できないというべきである。
したがって、保険料においても、その賦課要件すべてが条例自体において規定されることが望ましいが、条例が料率等の定を規則等の下位法規に明確に委任し、現に下位法規で明確にされている場合、あるいは、条例の趣旨などに照らした合理的な解釈によって、その内容が明確となっている場合であれば、料率自体を条例に明記しなくとも、租税法律(条例)主義の趣旨に反するものではないというべきである。
五 本件条例の基本的な枠組みについて
1 本件条例の内容と各年度の賦課の仕組み
本件条例に基づく各年度の一般被保険者にかかる保険料の算定の方法は、まず、事業に要する費用の見込額から収入の見込額を控除したものを基準にして当該年度において賦課する総額(賦課総額)を算定し(本件条例八条)、この賦課総額を所得割総額、資産割総額、被保険者均等割総額、世帯別平等割総額に五〇、一一、二六、一三の割合で四分し、次いで各割ごとに料率が定められるが、その料率は、所得割については、所得割総額を基礎控除後の総所得金額等の総額で除して得た数、資産額については、資産割総額を土地及び家屋に係る固定資産税額の総額で除して得た数、被保険者均等割、世帯別平等割については、それぞれ各割総額を、それぞれ当該年度初日における被保険者総数、被保険者の属する世帯総数で除して得た額によるのであり(本件条例一二条)、所得割額については、賦課期日の属する年の前年の所得に係る基礎控除後の総所得金額等を算定の基礎とし(本件条例一〇条一項)、資産割額については当該年度分の土地及び家屋に係る固定資産税額を基礎としている(本件条例一一条)。これをそれぞれ適用した各割税額を合算したものが賦課額となる(本件条例九条)。
したがって、右料率、賦課額の算定の基礎は、「賦課総額」にあるということになり、その確定なしに料率の算定をすることは不可能であって、右「賦課総額」は料率という重要な賦課要件の基礎として、それ自体が重要な賦課要件であるというべきである。
2 本件条例八条の解釈(「賦課総額」の意義、確定方法)
(一) 本件条例八条は、一般被保険者に係る保険料の賦課総額について、「一般被保険者に係る賦課額(第一七条の規定により保険料の額を減額するものとした場合にあっては、その減額することとなる額を含む。)の総額」という定義をした上で、「第一号に掲げる額の見込額から第二号に掲げる額の見込額を控除した額を基準として算定した額とする。」と規定し、一号に費用の各見込額を二号に収入の各見込額を列挙する。
しかしながら、本件条例八条の賦課総額の定義は、文字どおりの賦課額の合計額としての意義を出るものではなく、また、賦課額そのものが賦課総額を基準にして決められるのであるから、このような定義は一種のトートロジーであり、あえていえば、保険料の減額分は賦課総額を算定する際に上積みされることが明確にされている点に辛うじて積極的な意味があるのみである。そして、賦課総額の確定方法を定めた何らの規定も他に存在せず、ただ、各割ごとの料率算式を定めた本件条例一二条が、「賦課総額」の一定割合を被除数として用いているだけであるから、このような「賦課総額」を積極的に定義づけることは困難というべきであり、「賦課総額」の内容は専ら「第一号に掲げる額の見込額から第二号に掲げる額の見込額を控除した額を基準として算定した額」(以下「差引額」という。)の意味いかんにかかることになる。
(二) そして、本件条例八条は、このように料率算定の基礎となる「賦課総額」について、前記差引額が基礎となって算定されることを示しているが、上限も下限も画するわけではなく、各見込額がいかなる方法で算定されるべきかについて何らの規定もなく、また、右差引額を「基準として」とは、誰がいかなる基準、手続により賦課総額を確定することなのかについても、何らの規定もない。
しかし、本件条例は、賦課権者たる被告市が納付義務者から保険料を賦課徴収するための根拠となるべく制定されたものであるから、その規定内容の解釈は、その制定目的に照らしてできるだけ合理的に行うベきであり、この見地からすれば、同条は、明確な委任文言はないものの、各見込額の算定、及び右差引額を基準としての賦課総額の確定を賦課権者たる被告市に委任したものと解すべきである。
そして、本件条例にはこれを明示する委任規定はなく、委任に基づき賦課権者が賦課総額を確定するに当たってのよるべき基準及びその確定手続を定めた規則等の下位法規も一切存在しないから、本件条例は、賦課権者に賦課総額を、その自由な裁量により内部的に決定することを委任した趣旨と解する他はない。
3 本件条例八条と租税法律(条例)主義との関係
(一) 前記のとおり、賦課総額は、賦課要件たる料率算定の基礎となる、それ自体重要な賦課要件であるから、賦課権者が自由な裁量によってその確定を内部的に決定することを委任しているとすれば、租税条例主義(特に賦課要件条例主義)の見地からは多大な疑問があるといわなければならない。
そして、もとより本件条例八条をその目的に照らし合理的に解釈するときは、同条は前記差引額を基準として賦課権者が国保制度の目的、国保会計の収支状況などの諸般の事情に照らして、合理的な数額を確定すべき旨を定めたものと解すべきことは当然であるが、このように解しても、前述したとおり、本件条例自体には右確定に当たって賦課権者がどのように考慮すべきかについてのよるべき基準は何ら明示されていないから、これを一般的に考えれば、右確定に当たって賦課権者には広範な裁量の余地があり賦課権者は自己が制度目的などに照らして合理的と思うところの種々の政策的判断を重ねた上で賦課総額を決定できるとみることができ、前記租税条例主義の見地からの疑問は何ら減殺されるものではない。
(二) この点につき、被告らは、本件条例は保険料率の計算方法を明定した上で、具体的な料率を告示するという方法を定めており、こうした方法についても法は許容していると解すべきであるところ、被告市長が料率を告示しているのであるから、租税条例主義には反しない旨主張する。
しかしながら、告示とは公の機関が決定した事項などを公式に広く一般に知らせる行為で、法規としての性質はない。本件においても、被告市長は内部的に決定した料率を一方的に告知しているだけであるから、行政権の裁量による恣意的な賦課を制限するという租税法律(条例)主義の趣旨に照らし、被告らの前記主張は失当というほかない。
(三) また、被告らは、賦課総額を算定するために必要な国民健康保険事業に係る費用及び収入の金額の積算対象となる諸数値や予定収納率などは、予算(事項別明細書等の内容を含む)として、旭川市議会の議決を経ているのであるから、問題はない旨主張する。
しかしながら、歳入予算は、当該年度における歳入の単なる見積もりに過ぎず、歳出の財源を明示して通観の便宜を与えるに止まり、租税その他の収入は、予算とは別個に法令の規定等に基づいて徴収又は収納されるのであって、歳入予算によって地方公共団体の徴収権又は収納権が影響を受けることはありえず、また、被告市は歳入予算を超えて、徴収又は収納してはならないという拘束を受けるものでもないから、被告らの主張は理由がない。
(四) さらに、被告らは、保険料については条例において定率・定額で料率を規定することが立法技術上困難であり、合理的でもないから、本件条例のような料率決定の方式は(したがって、その基礎となる本件条例八条の賦課総額規定も)、賦課要件明確主義を緩和することにより、これに適合するものと解すべきであると主張する。
しかしながら、現行国民健康保険制度は、保険税と保険料の選択制を採っているところ、《証拠略》によれば、保険税を選択した場合には、料率自体を条例で規定することが準則で定められて標準となっていることが認められること、全国で保険料・保険税を賦課している地方公共団体のうち、料率等を明定している保険者が約九割であることは当事者間に争いがないこと、しかも《証拠略》によれば、被告市自体が過去には保険税方式を採用して料率を明定していたことがあり、保険料へ移行したのが昭和四三年度、告示方式に移行したのは昭和五一年度であること等の事実に照らせば、右立法技術上の困難という主張が事実に反することは明らかというべきである。
本件条例のような賦課方式の方が合理的であるというのは、要するに、定率・定額方式では毎年議会において料率改訂のための条例改正の審議、議決を要するために特別会計の歳入確保に支障を生ずるおそれがあるというものであって、反面からいえば、料率改定について議会の審議・議決を経ることが不合理であるということであり、このような主張は恣意的な賦課を排するという租税法律(条例)主義の根本精神とは全く相容れない考え方であって、到底採用できない。
(五) また、被告らは、本件条例八条の内容は一見その内容が不明確にみえるが、実際には、用いられた概念は合理的解釈によりその内容が明確に定まるものであり、国民健康保険制度に関する関連法令、本件条例等を総合的に解釈すれば、本件条例八条は、被告市にほとんど裁量の余地がない一義的かつ明確な内容を定めたものであることが明らかであるから、租税条例主義に違反しないと主張している。
そこで、右主張の当否について、本件各年度における具体的な賦課総額決定過程を素材として、右賦課総額規定が賦課要件条例主義に反しないかどうかを、さらに検討する。
六 本件条例八条による賦課総額決定過程
1 賦課総額の決定(平成六年度)
当事者間に争いのない事実、《証拠略》によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 費用と収入の差引額の算定
本件条例八条一号に掲げる額(事業に要する費用の合算額)の見込額を一六八億七〇一三万八〇〇〇円とし、同条二号に掲げる額(事業に要する費用のための収入の合算額)の見込額を一〇四億六九八九万円とし、その差引額を六四億二四万八〇〇〇円と算出した。
(1) 第一号に掲げる額の見込額(( )内は特別会計上の名称)
<1>国民健康保険の事務の執行に要する費用の額
〇円
<2>療養の給付に要する費用の額から当該給付に係る一部負担金に相当する額を控除した額(一般被保険者療養給付費)
八九億二一〇二万二〇〇〇円
<3>特定療養費の支給に要する費用
〇円
<4>療養費の支給に要する費用(一般被保険者療養費)
一億九九二万三〇〇〇円
<5>高額療養費の支給に要する費用(一般被保険者高額療養費)
一四億七〇五七万八〇〇〇円
<6>老人保健法の規定による医療費拠出金の納付に要する費用の額(老人保健拠出金)
五八億五四七四万九〇〇〇円
<7>保健施設に要する費用の額(保健施設費)
三八九二万七〇〇〇円
<8>その他の国民健康保険事業に要する費用の額
審査支払手数料‥四三四七万六〇〇〇円
助産費‥一億一〇四〇万円
葬祭費‥四二〇〇万円
共同事業拠出金‥二億七九〇六万三〇〇〇円
(高額医療費共同事業医療費拠出金…二億七九〇三万三〇〇〇円
その他共同事業拠出金…三万円)
(2) 第二号に掲げる額の見込額
<1> 法六九条の規定による負担金
〇円
<2> 法七〇条の規定による負担金(療養の給付並びに特定療養費、療養費及び高額療養費の支給に要する費用並びに老人保健医療費拠出金に要する費用についての国の負担金(療養給付費等負担金))
六二億九八二一万五〇〇〇円
<3> 法七二条の規定による調整交付金
(財政調整交付金)
二二億二七二三万円
<4> 法七二条の三第一項の規定による繰入金
〇円
<5> 法七四条の規定による補助金
〇円
<6> 法七五条の規定による補助金及び貸付金(国民健康保険特別対策費補助金)
四七七五万三〇〇〇円
<7> その他国民健康保険事業に要する費用のための収入
共同事業交付金として二億七九〇三万三〇〇〇円、一般会計繰入金として一五億八九五九万八〇〇〇円(一般会計繰入金二〇億五七〇三万一〇〇〇円の内数、助産費分一億一〇四〇万円、葬祭費分四二〇〇万円、保険料二割減額分五二二五万二〇〇〇円、保険料三割減額分三三九九万三〇〇〇円、保険料四割減額分五六一二万四〇〇〇円、保険料六割減額分四億三九九三万九〇〇〇円、保険料減免分七九六万三〇〇〇円、保健施設費分一八九二万七〇〇〇円、保険料特例軽減分八億二八〇〇万円)、基金繰入金として一〇〇〇円、雑入として二八〇六万円の合計一八億九六六九万二〇〇〇円
(二) 差引額から賦課総額まで
(1) 調定額の算出
<1> 滞納保険料収入の控除
(一)の差引額六四億二四万八〇〇〇円から更に滞納繰越分の保険料収入見込額四億五〇〇〇万円を差し引いた額が五九億五〇二四万八〇〇〇円となる。滞納繰越分の保険料収入見込額の推計根拠は明らかではない。
<2> 予定収納率の割戻し
<1>の金額を、予定収納率九三パーセントで割り戻した額六三億九八一一万七〇〇〇円が現年度分の調定額となった。予定収納率の推計根拠は明らかではない。
(2) 減免分等の付加
賦課総額は、保険料軽減前の賦課額の総額である(本件条例八条)ことから、現年度分の調定額六三億九八一一万七〇〇〇円に保険料軽減額五億九〇二七万一〇〇〇円(二割減額分五二二五万二〇〇〇円、三割減額分三三九九万三〇〇〇円、四割減額分五六一二万四〇〇〇円、六割減額分四億三九九三万九〇〇〇円、減免分七九六万三〇〇〇円)を加えた額六九億八八三八万八〇〇〇円が賦課総額となった。
2 具体的な推計方法(平成六年度)
《証拠略》によれば、平成六年度の賦課総額決定過程における具体的な推計方法は、以下のとおりである。なお、見込額の名称は特別会計上のものを用いる(本件条例上の名称との対応については前記参照)。
(一) 第一号関係
(1) 一般被保険者数の推計
<1> 本件条例八条においては、一般被保険者に係る保険料の賦課総額の算定基礎となる「療養の給付に要する費用」等は、一般被保険者に係るものに限ることとされ、法三六条の規定により、療養の給付を受けることができる被保険者からは老人保健法の規定による医療を受けることができる者が除かれている。したがって、以下の各費用の算定に当たっては一般被保険者のうち、老人保健法の規定による医療を受けることができる者を除いた被保険者(以下「若人被保険者」という。)の人数の推計値が、各見込額の推計の際、随所で用いられる。
<2> まず、平成五年度の年間被保険者数について、平成四年度の年間被保険者数と四月から一一月までの期間の(以下「上三分の二期」という。)被保険者数との比が平成五年度にも変わらないと判断し、その比で既に判明している平成五年度の上三分の二期被保険者数を割って求め、これを一二で割って年間平均被保険者数とした。
<3> そして、平成元年度から平成五年度までの年間平均被保険者数に最小自乗法の手法(指数曲線回帰)により、平成六年度年間被保険者数の理論値を求めた。ところが、上記理論値が被告市の考える傾向と一致しなかったことから、「経験に基づいて」約三パーセント「補正」した。
<4> 次に、上記と同様の手法で平成五年度の年間平均若人被保険者数を求め、これと前記年間平均被保険者数との比を求め、この比と平成三年度、平成四年度の各比を最小自乗法(直線回帰)に投入して平成六年度の比(理論値)を求めた。この理論値は、被告市の考える傾向と一致したことから「補正」は行わないこととし、前記平成六年度年間平均被保険者数に乗じて平成六年度年間平均若人被保険者数を求めた。
<5> なお、以上の方法は、厚生省が定めた推計方法とは異なり、被告市が独自に採用した方式である。
(2) 一般被保険者療養給付費
一般被保険者療養給付費の見込額については、厚生省が示す推計の方式により算出された。
<1> 医療費の入院、入院外及び歯科の診療費をそれぞれ次の方式により算出し、各診療費の合計額を診療費総額とする。
ア 平成三年度及び平成四年度の若人被保険者一人当たり実績額を、上三分の二期額及び年間額ごとに算出する。
イ アの実績額から年間額の上三分の二期額に対する比率を各年度毎に計算し、その算術平均(以下単に「平均」という。)値を算出する。
ウ 平成五年度の上三分の二期額に、イの平均値を乗じて平成五年度の若人被保険者一人当たり年間額を算出する。
エ 平成四年度及び平成五年度の年間若人被保険者一人当たり額の対前年度比を計算し、その平均値を算出する。
オ ウの年間額にエの平均値を乗じて得た額を、平成六年度の年間若人被保険者一人当たり見込額とする(厚生省方式ではさらに一・〇一九五を乗じることになっているが被告市は診療報酬改定率の詳細が不明であるとして行っていない。)。
カ オで得た年間若人被保険者一人当たり見込額に、(1)で得た年間平均若人被保険者数を乗じて得た額を診療費とする。
<2> 平成五年度の上三分の二期実績に基づき、診療費総額に対する薬剤支給額の割合を算出し、これを診療費総額に乗じた額を当該年度の薬剤支給額とする。
<3> 平成五年度の上三分の二期実績に基づき、療養の給付費総額(診療費総額と薬剤支給額との合計額)に対する公費負担額の割合を算出し、これを療養の給付費総額に乗じて得た額を結核予防法等による公費負担額とした。
<4> <1>の額と<2>の額との合計額から<3>の額を控除した額に保険者の給付率である七割を乗じて得た額を若人被保険者数で除し、一人当たり単価にしてから、端数を切り上げ、これにもう一度若人被保険者数を乗じて戻した額を一般被保険者に係る療養の給付費とした(これらの処理は被告市の判断によるもの)。
(3) 一般被保険者療養費
療養給付費が被保険者数の推移に着目して推計されたのと異なり、支給件数に着目して推計された。
<1> 平成六年度の年間支給件数
ア 平成二年度から平成四年度までの過去三年度間の年間支給件数合計に対する、対応する上三分の二期件数合計の割合を求める。
イ 平成五年度の上三分の二期件数をアの割合で除して平成五年度の年間支給件数を推計する。
ウ イで求めた額と平成四年度の額とから、平成五年度の対前年度比を求め、これとあわせて過去五年度間の対前年度比をそれぞれ求め、それらの平均値を平成六年度の対前年度比とみなし、イの推計値に乗じたものを一〇〇件単価で切り上げて平成六年度の年間支給件数を推計した。過去五年分のデータを用いたのは変動が大きいためである。
<2> 平成六年度の一件当たり療養費の額
ア 平成五年度の療養費の上三分の二期額を平成四年度の同一期の年間額に対する割合で除し、平成五年度の療養費の年間額を推計した。
単年度のデータを用いたのは大きな変動がみられるためである。
イ アの額を<1>イで推計した平成五年度年間支給件数で除し、平成五年度の一件当たり療養費を推計した。
ウ イで求めた額と平成四年度の額とから、平成五年度の対前年度比を求め、これとあわせて過去五年度間の対前年度比をそれぞれ求め、それらの平均値を平成六年度の対前年度比とみなし、イと推計値に乗じて平成六年度の一件当たり療養費を推計した。過去五年分のデータを用いたのは変動が大きいためである。
<3> <1>で求めた年間支給件数に<2>で求めた一件当たり療養費を乗じ、端数処理をして平成六年度の一般被保険者療養費の総額を推計した。
<4> なお、この見込額は厚生省方式では(2)の療養給付費に対する割合から推計することとなっており、推計の考え方自体が被告市の方式とかなり異なったものとなっている。付添看護療養費の廃止の影響も被告市方式では見込まれていない。
(4) 一般被保険者高額療養費
<1> 平成六年度の年間支給件数
(3)の<1>とほぼ同様であるが、対前年度比の平均データは過去三年度間分であることが異なる。
<2> 平成六年度の一件当たり高額療養費の額
(3)の<2>とはぼ同様であるが、年間額と上三分の二期額との割合は、過去三年度間のデータの合算額によること、対前年度比の平均のデータは過去三年度間分であることが異なる。
<3> <1>で求めた年間支給件数に<2>で求めた一件当たり高額療養費を乗じ、端数処理をして平成六年度一般被保険者高額療養費の総額を推計した。
(5) 老人保健拠出金
老人保健制度における拠出金の額は、老人保健法五三ないし五七条及び「老人保健法による保険者の拠出金の額の算定に関する省令」(昭和六二年厚生省令第六号)三条以下においてその算定方法が定められており、これに従って算出された。算出に用いる各種諸係数については、国及び北海道の通知に基づいて決定されている。
しかし、平成六年度の拠出金の算定については、国の予算編成作業が遅延したことから、各保険者の独自の方法で見込むよう指示があったため、独自に推計された。この推計は例外的なものであるので、立ち入らない。
(6) 保健施設費
<1> 保険施設費は、保険者が法八二条に規定する事業として独自に実施する事業の費用に充てるもので、専ら政策的に事業実施の必要性が判断され、見込額が推計される。
<2> 保健施設費のうち保健衛生普及費は、保健衛生普及を目的とした各種事業を行うための費用で、移動健康展の開催、禁煙の推進、健康づくり講演会の開催、一般健康づくり、健康優良家庭表彰等に要した費用である。
また、保健施設費のうち疾病予防費は、疾病予防を目的とした各種事業を行うための費用で、人間ドックの実施、健康診査等に要した費用である。
<3> 本費用は国庫補助金を除く全額に相当する額が一般会計繰入金の内訳として参入される慣例であるため、これを前提とする限り、結果として賦課総額に影響を与えない。
(7) その他の費用
<1> 審査支払手数料
ア 審査支払手数料は、北海道国民健康保険団体連合会(以下「連合会」という。)が、診療報酬明細書(以下「レセプト」という。)の審査、医療機関への医療費の支払い及び電算処理を行うための手数料で、連合会から通知のあった一件当たり単価に、推計年間支払件数を乗じた額とした。
イ 年間支払件数は、過去四年度間のデータは減少傾向を示していたが、被告市は、新たに訪問看護療養費が創設されたこと、近年の医薬分業の進展に伴う調剤レセプト件数の急激な増加等の事情を考慮する必要があるとして過去のデータを使用しないこととした。そして、平成五年度は増加に転じると判断し、上三分の二期の対前年度比に〇・〇五パーセント(根拠不明)を上乗せして平成五年度の対前年度比とし、これを平成四年度の年間支払件数に乗じて、平成五年度の件数を推計した。そして、平成六年度の対前年度比も一〇〇・七パーセントと推計し(根拠不明)、これを平成五年度の件数に乗じて、端数処理の上、算出した。
<2> 助産費
ア 助産費は、支出予定と同一金額を一般会計繰入金として歳入に計上していることから、結果として保険料賦課総額に影響を与えないこととなる。
イ 当初予算には、請求件数を前年度実績の一五パーセント増(裁量による見込み)と推計し、これに一件当たり支給額を乗じた額を計上した。
ウ 助産費は、法改正に伴い平成六年一〇月一日から名称が出産育児一時金と改められ、一件当たり支給金額も改められた。このため、予算の補正を行った。
<3> 葬祭費
ア 葬祭費は、支出予定と同一金額を一般会計繰入金として歳入に計上していることから、結果として保険料賦課総額に影響を与えないこととなる。
イ まず、平成五年度の年間支給件数を最小自乗法により推計し、平成六年度については、前年度比一〇パーセント程度の増加を見込んだ(根拠不明)件数をさらに、端数処理して推計し、これに一件当たり支給額を乗じた額を計上した。
<4> 高額医療費共同事業医療費拠出金
当初予算には、事業主体である連合会からの医療費拠出金等予定額通知書に基づき計上した。
<5> その他共同事業拠出金
その他共同事業拠出金は、年金受給者名簿の作成に係る連合会に対する負担金であり、過去の実績から一人当たり単位を推計(根拠不明)し、予定人数(根拠不明)を乗じた額を計上した。
(二) 二号関係
(1) 療養給付費等負担金
<1> この額は、「国民健康保険の国庫負担金及び被用者保険等保険者拠出金等の算定等に関する政令」(昭和三四年三月二四日政令第四一号、以下「算定政令」という。)二条に基づき算定されるが、算式に代入する個々の見込額の推計方法が定められているわけではない。
<2> 一般被保険者に係る療養の給付に要する費用の額から一部負担金に相当する額を控除した額は、前記(一)(2)で推計した額から第三者納付金(法六四条)と不正利得徴収金(法六五条)の各見込額を控除して求めた。なお、これらの見込額は、いずれも過去の経験から裁量的に決定された数字である。
<3> 法七〇条二項の規定による減額分
ア 老人に係る福祉医療の費用額、重度心身障害者にかかる費用額、母子家庭に係る福祉医療の費用額、乳幼児に係る福祉医療の費用額は、それぞれ以下の方法で推計された。
(ア) 平成五年の療養諸費の額(一般被保険者療養給付費及び一般被保険者療養費の額)及び高額療養費の額は、それぞれ平成五年における一月から九月までの額(以下「3四半期額」という。)と年間額との割合が、過去三年における平均値と同じであると見込み、この割合値を過去三年の年間額の合計額と3四半期額の合計額との比から求め、これを平成五年3四半期額に乗じて推計した(なお、過去三年の年間額の合計額と3四半期額の合計額との比は、年間額と3四半期額との割合の過去三年度間の平均値とは理論的には異なるものであるが、この計算方法が採用された理由は不明である。)。
(イ) 平成六年の療養諸費及び高額療養費の額は、それぞれ過去五年の対前年度比の平均値と同じであると見込み、(ア)の額にこの平均値を乗じて推計した。
イ アで求めた療養諸費額及び高額療養費を基礎として算定政令二条、国民健康保険の事務費負担金等の交付額等の算定に関する省令(昭和四七年三月三一日厚生省令一一号)等に従い、減額分を算出した。
<4> 療養費の支給に要する費用の額は、(一)(3)のとおり、高額療養費の支給に要する費用は、同(4)のとおり推計された。
<5> 法七二条一項の規定による繰入金(以下「保険基盤安定繰入金」という。)の推計
ア 本収入は、保険料の六割減額分と四割減額分額の和(ただし、一〇月二〇日までの分)に相当するから、世帯別平等割については、対象世帯数と減額基準額との積で、被保険者均等割については、対象被保険者数と減額基準額との積により算出される。
イ 対象世帯数及び対象保険者数は、過去三年度間の実績値の平均値を求め、さらに裁量により三パーセント上乗せを行った。
ウ 平成六年度の減額基準額は、平成六年度料率に減額割合を乗じたものであるが、未だ料率算定の基礎となる賦課総額の算定過程であるから、これを知ることはできない。このため、裁量により、平成五年度料率の二パーセント増を見込んだ額とした。
<6> 以上で算定された数字を用い、算定政令に定める数式により、さらに予算科目を設けておくための金額を加算して療養給付費負担金が算出された。
(2) 財政調整交付金
<1> この額は、基本的には算定政令四条及び「国民健康保険の調整交付金の交付額の算定に関する省令」(以下「交付金省令」という。)に基づき算定された。
<2> 特別調整交付金
ア 交付金省令六条七号に規定する特別調整交付金
(ア) 算定の基礎となる平成六年度の入院日数、入院外の件数、歯科の件数については、それぞれ(一)(3)<1>の年間支給件数とほぼ同様の手法で過去の傾向から推計されたが、平成五年度の予測については、過去二年度間、平成六年度の予測については過去三年度間のデータを用いた点が異なる。
(イ) 保険者負担率については、裁量により見込んだ。
(ウ) 一般分療養担当手当交付基準額は、所定の算出式に従った。
(エ) 老人分療養担当手当交付基準額は、老人保健医療費拠出金の額((一)(5)参照)に算定割合を乗じて得た額の六割としたが、算定割合は過去の実績を「勘案」して〇・三パーセントと見込んだ。なお、過去三年度間は、〇・二六六パーセント、〇・二五〇パーセント、〇・二三九パーセントという推移なので、見込み割合がいかなる根拠に基づくのかについては明らかではない。
(オ) (ウ)と(エ)の額の合計の四分の三が交付金省令六条七号に規定する特別調整交付金の額となる。
イ 交付金省令六条一〇号に規定する特別調整交付金については、老人保健拠出金で用いた推計値を交付金省令附則一六項二号所定の算定式に代入して求めた。
ウ さらに、法規上の根拠は不明であるが、ヘルスパイオニアタウン事業分(保健施設費に係る特定財源)として、裁量により見込んだ額を加算することとした。
エ アからウまでの合算額が特別調整交付金の額となった。
<3> 普通調整交付金
ア 調整対象需要額の算定
これは、いずれも前記の過程で算出又は推計された金額を合算して算出された。
イ 調整対象収入額
まず、平成六年度の年間平均老人被保険者数を(一)(1)と同様の手法で推計し(補正はなし)、年間平均若人被保険者数と合算して年間平均一般保険者数を求めた。これを交付金省令五条一項一、二号の規定に従った算式に用いて、調整後応益割保険料額、調整後応能割保険料額をそれぞれ算出し、これらの合算額を調整対象収入額とした。
ウ 交付金省令七条の規定による控除額は、見込収納率八五パーセントとして、同省令別表第四により求めた。
エ アからイ及びウの額を控除した額を普通調整交付金とした。
<4> <2>と<3>の合算額が調整交付金の額となった。
(3) 国民健康保険特別対策費補助金
(二)(1)で推計した老人に係る福祉医療の費用額、重度心身障害者にかかる費用額、母子家庭に係る福祉医療の費用額、乳幼児に係る福祉医療の費用額を北海道の「国民健康保険財政健全化対策費補助金交付要綱」で定める算式に投入して算定された。
(4) 共同事業交付金
連合会から予定額として通知のあった金額を千円単位で切り上げたものが計上された。
(5) 一般会計繰入金
<1> 一般会計繰入金は、助産費分、葬祭費分、保険料減額分(六割、四割、三割、二割)、保険料減免分、保健施設費分、保険料特例軽減分からなるが、これらのうち、保険料六割減額分及び保険料四割減額分中の当該年度の一〇月二〇日までに減額の対象となる世帯に係る分は法七二条の二の規定に基づく繰入金であり、助産費分が一般会計から繰り入れることが義務づけられた繰入金であるほかは、被告市が独自に繰入れを決定しているものであり、そもそも繰入れの存否自体が被告市の裁量に依存している。
<2> 減額分については、被保険者数や世帯数を三パーセント上積みしたこと、減額基準額を二パーセント上積みしたことも含めて手法は前記(1)<5>と同様であるが、対象被保険者数及び世帯数は、一〇月二〇日以降の分を含むため、平成五年度分は推計値である。その推計方法は明らかではない。
<3> 保険料減免分
ア 生活保護、所得激減、災害、収監等と減免事由毎に分け、それぞれ一件当たり金額の対前年度比を平成元年度から平年五年度(見込み)まで算出し(平成五年度の推計根拠不明)、これらの平均を平成六年度の対前年度比と推計した。
イ 平成元年度から平成五年度(見込み)まで(平成五年度の推計根拠不明)の一件当たり金額の平均値にアで求めた対前年度比を乗じて平成六年度の一件当たり金額を推計した(対前年度比を乗じるのであるから、前年度の額に乗じるのが理論的であるが、そうしなかった理由は不明)。
ウ 平成六年度の件数は、平成元年度から平成五年度(見込み)まで(平成五年度の推計根拠不明)の平均値に対前年度比を乗じた値とした。
過去五年間の平均値にさらに対前年度比を乗じていること、しかも、その対前年度比は、件数の対前年度比ではなく、一件当たり金額のそれであるから、推計の考え方自体に多大な疑問が生じるが、理由は不明である。
また、生活保護、所得激減の事由については、上記の額に、さらに不況等経済状況の影響を見込むとして一五パーセントの上積みを行った。
エ これら生活保護、所得激減、災害、収監等の減免事由毎に推計した減免額の合計を減免額とした。
<4> 保健施設費分は、(一)(6)の額から国庫補助金の見込額を控除した額とした。
<5> 保険料特例軽減分は、保険料の増高の緩和を図るため、特例的に繰り入れることとしたもので、政策的判断により決定した。
<6> <1>から<5>までの各繰入金の合計額が一般会計繰入金のうち、二号の額として計上する額となった。
(6) 基金繰入金
旭川市国民健康保険事業準備基金条例に基づく積立金の一部を取り崩すような事態に備え、予算科目を設けておくために、裁量により計上した。
(7) 雑入
<1> 雑入の内容としては、法六四条の規定に基づく第三者納付金、同六五条の規定に基づく不正利得の返納金及び他の歳入科目に該当しない狭義の雑入があり、これらの合計額のうち、療養給付費に充当される額が本件条例八条二号の雑入となる。
<2> いずれの収入についても過去の実績を勘案して(計算ではなく裁量で)額が計上された。
<3> <2>は、保険料還付金、保険料還付加算金分、予備費分などにも振り分けられ、療養給付費には二八〇六万円を充当することにした。
3 平成七年度と平成六年度の違い
《証拠略》によれば、平成七年度の賦課総額算出過程では、平成六年度と比して以下の違いがみられるが、制度改正等を付記した以外は変更の理由は明らかではない。
(一) 一般被保険者療養給付費の推計方法が、平成六年度では診療費を三つに分けたり、薬剤支給費を別途計算したりしていたが、一括して以下のとおり計算する方法に改められた。
(1) 平成三年度から平成五年度の過去三年度間の年間額合計額に対する、対応する四月から九月までの額(以下「上半期額」という。)の合計額の割合を求め、この値で平成六年度の上半期額を除して平成六年度の年間額を推計する。
(2) 平成六年度は一〇月に一・五パーセントの診療報酬改正があったため、(1)の額の一〇月から三月までの額(以下「下半期額」という。)を一・五パーセント加算したものを補正年間額とした。ところで、前記のとおり、一般療養給付費は、診療費のほか、薬剤支給費が含まれ、さらに公費負担額を控除することになっているから、診療報酬の改定率と一般療養給付費全体の増額率が一致するのか疑問があるが、このような方法が採られた理由は明らかではない。他の箇所での診療報酬改定に伴う補正措置についても同様である。
(3) 平成七年度額については、平成六年度と同一レベルになると考え、診療報酬改正の補正をすべく、〇・七五パーセントの加算(一・五パーセントの半分)のみを行った。これについても(2)同様の疑問が生じるが、理由はやはり不明である。また、対前年度比の考え方を採らなかった理由も不明である。
(二) 一般被保険者療養費で支給件数の対前年度比の推計に当たっては、平成六年度は過去五年度間のデータが用いられたが、平成七年度は過去三年度間のデータが用いられた。
(三) 移送費の支給に要する費用(一般被保険者に係るものに限る)の額(一般被保険者移送費)が本件条例八条の改正により新設されたが、実績がないため、裁量により計上された。
(四) 制度改正により入院時の食事については患者本人が一定額を負担することになったという特殊事情から、一般被保険者高額療養費の推計は、平成六年度と同様の手法で算出された一件当たり高額療養費の額に以下の計算による補正が加えられた。
過去の実績から、一件当たり食事有り入院日数、一般患者と減額対象者の割合、減額対象者のうち九〇日を越える長期入院者の割合等を推計し(推計方法は不明)、これらに所定の負担額等を乗じて食事療養費患者負担額を推計した。
(五) 老人保健拠出金の算出に用いる諸係数が通常どおり通知されたので、被告市の独自の推計は行われなかった。
(六) 保健施設費が保健事業費に名称が変更された。
(七) 助産費が出産育児諸費に名称が変更されたほか、推計方法も変更された。即ち、平成六年度の年間支給件数は、過去五年度間の年間支給件数に対する四月から一〇月までの間(以下「上七か月期」という。)の件数の割合の平均値で、平成六年度の上七か月期件数を除して推計し、平成七年度はこれが一五パーセント増しとした(推計根拠不明)。
(八) 葬祭費の推計方法中、当該年度の前年度の推計方法が、最小自乗法から(七)と同じ平均値を使う方法に改められた。
(九)(1) 療養給付費等負担金の推計において、移送費の支給に要する費用の額が算定の要素として新規に加わった((三)参照)。
(2) 保険基盤安定繰入金の推計方法が変わり、対象世帯数及び対象被保険者数の推計は、六割減額分については過去五年度間、四割減額分については過去三年度間の平均伸び率を平成六年度の実績値に乗じて求め、補正しない方式となった。
(一〇) 財政調整交付金の推計過程で
(1) 特別調整交付金の推計で従来どおりの推計値に加えて、ヘルスパイオニア事業分を見込む扱いをやめた。
(2) 普通調整交付金の推計で、特別調整交付金からヘルスパイオニア事業分を控除する扱いをやめた。
(二)(1) 一般会計繰入金における六割及び四割減額額の推計方法も(九)(2)のとおり、変更された。三割及び二割減額分については、補正率のみが三パーセントから一〇パーセントに変更された。
(2) 保健事業費分から国庫補助金の控除をしなかった。
4 平成八年度と平成七年度の違い
《証拠略》によれば、平成八年度の賦課総額算出過程では、平成七年度と比して以下の違いがみられるが、制度改正等を付記した以外は変更の理由は明らかではない。
(一) 年間平均被保険者数の推計において、当該年度の前年度の推計に当たっては、さらにその前年度のデータのみを用いて推計が行われていたが、過去三年度間の合計値を用いるよう変更された。
(二) 一般被保険者療養費の推計方法が3(一)(2)の方法で療養給付費を求め、平成七年度における療養給付費と療養費との比から平成八年度の療養費を推計する手法(厚生省方式)に改められた。
(三) 老人保健拠出金は前記のとおり、算定政令等で算定方法が詳細に規定されているにもかかわらず、医療費拠出金について、被告市は、平成五年度から七年度までの間において多額の不用額が生じたことから、一億五〇〇〇万円の減額補正を行った。
また、概算医療費拠出金については、老人保健法の法改正により、特別調整額を加えることとなったので、その額を加算した。
(四) その他共同事業拠出金の計上が中止された。
(五) 療養給付費等負担金の推計過程中、
(1) 法七〇条二項の規定による減額分で、老人に係る福祉医療の費用額、重度心身障害者にかかる費用額、母子家庭に係る福祉医療の費用額、乳幼児に係る福祉医療の費用額を推計するが、対前年度比の考え方をやめ、当該年度の前年度の推計値を端数処理したものをそのまま当該年度の推計値として採ることとした。
(2) 保険基盤安定繰入金の算定で
<1> 本件条例一七条の改正により減額割合が六割から七割に、四割から五割にそれぞれ改正された。
<2> 対象世帯数と対象被保険者数の推計方法は、再び平成六年度方式に戻った(七割減額分の補正率のみ異なる)。また、減額基準額の算定に当たっては、従来、前年度の料率を二パーセント加算した額が用いられていたが、まず、仮想的に平成八年度に予定している割合に改定したとして、算出した料率(試算料率)をさらに二パーセント加算した額を用いることとなった。平成八年度の料率を算出する基礎としての賦課総額の計算過程であるから、「予定」とはいかなる意味なのか不明であり、また、それをさらに二パーセント加算する意味も不明である。
(六) 財政調整交付金の推計過程で
(1) 特別調整交付金の推計で従来どおりの推計値に加えて、ヘルスパイオニア事業分、経営姿勢が良好な保険者であることによる交付額を見込んだ。
(2) 普通調整交付金の推計で再び、特別調整交付金からヘルスパイオニア事業分を控除した。
(七)(1) 一般会計繰入金における六割及び四割減額額の推計方法も(五)(2)のとおり、変更されたが、なぜかここでは五割減額分の補正率が(五)(2)と異なり、つじつまがあっていない。
(2) 三割及び二割減額分については、試算料率の導入のほか、補正率が再び三パーセントに変更された。
(3) 減免分については、いずれの減免事由についても
<1> 件数について前年度比を推計要素から外し、平成七年度の年間件数と上三分の二期の件数との比を過去三年度間の年間件数の合計値と上三分の二期の件数の合計値との比に等しいとみなしてこれを求め、この比を判明している上三分の二期の件数に乗じて平成七年度の年間件数とし、平成八年度については平成七年度と同数と見込むというように推計方法が変更された。
<2> 一件当たり金額については、平成七年度の上三分の二期の金額を裁量により三パーセント増と見込む単純な方法に改められた。
(4) 保健事業分について国庫補助金の控除が復活した。
七 本件条例八条による被告市の裁量について
以上の事実を前提に、本件条例の合理的解釈を経た明確性の程度、被告市に認められている裁量の大きさについて検討する。
1 たしかに、仮に、被告市が本件条例八条一号、二号の額の各見込額を算定するに当たり、政策的考慮を加えることが許されず、その算定について自由な裁量を介入させる余地もないといい得るのであれば、この意味で右各見込額の意義も不確定なものとはいえないから、被告市が算定する各見込額をもって賦課総額の基準とすることは、賦課条例主義(特に賦課要件明確主義)の点からも特に問題とすべきものではないというべきであろう。
しかしながら、被告市は、見込額の算定に当たり、以下のとおり、相当に広範な裁量を有していることが認められる。
2(一) 法令等による制限の不存在
まず、各見込額算定の方法については、たしかに老人保健拠出金のように、法令で厳格に算定式が規定され、推計に用いる諸係数まで国や道から通知されたものを使用するもの、高額医療費共同事業医療費拠出金のように通知額をそのまま計上するなどほとんど被告市に裁量の余地のない見込額も存在する(なお、老人保健拠出金については(七)参照)。しかしながら、前記のとおり、それはごく一部の見込額であり、基本となる算定式が法令で規定されている見込額すら限られ、ほとんどの見込額、これに用いる推計値の推計方法は、被告市に任されている。
(二) 標準的な推計方法等による制限の不存在
もし、仮に、被告市に推計方法の選択が任されているとしても国等から標準的な推計方法が示され、それに従うことが本件条例の解釈上拘束力を持つと解することができれば、その補充により賦課要件条例主義に反しないという余地も存在する。しかしながら、《証拠略》によれば、当該年度の見積りは、過去の実績を踏まえ、更に最近における医療費の動向や特殊事情を分析検討した上で、過少とならないよう適正な額を各保険者が(独自に)計上することとされていること、これにより難い場合においては、厚生省が示す推計の方式を参考として推計しても差し支えないこととされており、現に、被告市の推計においては、一般被保険者療養給付費と同療養費の例に示されるように、厚生省が示す方式があっても被告市はそれに従ったり、従わなかったりし、同じ見込額でも年度によって従ったり、従わなかったりもしている。したがって、事実上の標準が存在することによって、被告市の裁量が狭いということはできない。
(三) 政策的判断によって決定される見込額の存在
賦課総額決定の要素となる見込額の中には、そもそも過去の実績等を勘案するのではなく、政策的判断によってのみ決定されるものが幾つかある。
例えば、一般会計繰入金のうちほとんどは、繰入れが義務的ではないから、どのような支出に対応する分を計上するかは、政策的判断によるものである。
さらに保険料特例軽減分については、どの程度保険料を軽減することが適切であるかという政策的判断で金額が決定され、変動の幅も大きいことが認められ、現に、《証拠略》によれば、保険料軽減特例分繰入金は、平成二年度から平成六年度までの間にほぼ倍増していることが認められる。
このように、金額の当否については専ら政治的評価に任され、法的評価が不可能と解される見込額があるということは、政策的裁量を行使することによって賦課総額を操作できることを意味する。
被告らは、この点につき、一般会計からの繰入れは保険料を軽減するという目的から許されるし、どの費用に対応するかについては定型化しているから問題はないと主張する。しかし、問題は、軽減措置を講じることが許されるか否かとか費用との対応関係が定型化しているか否かではなく、軽減措置を通して被告市の自由裁量を混入させることが許されていることである。また、財政状態の悪化等の他の政策的理由で一般会計からの繰入金を減少させることも可能であるから、結局、繰入額が被告市の裁量に依存していることは否定できないと言わなければならない。被告らが「一般会計からの繰入れが、毎年おおむね同じ内容で継続してきたにもかかわらず、突然これをやめるようなことがあるとすれば、このことこそ恣意的な裁量による賦課総額の決定にほかならない」と主張するのは、このような形で裁量を行使しうることを自認したものと解することもできる。
(四) 過去の実績値による制限の不存在
その性質上、過去の実績値を勘案することが相当と思料される推計値についても、過去の実績値を元に推計するのか否かということに何の客観的基準もないため、被告市は自由な裁量でこれを決定していることが認められる。そして、一旦、被告市が過去の実績値を元に推計することが妥当でないと判断すれば、その推計値は全く被告市の自由な裁量により決定される。
例えば、平成六年度の審査支払手数料の支払件数の推計では過去のデータは明らかな減少を示しているのに、当該年度は、反転し増加するという見解に基づいて、裁量により推計している。また、差引額から賦課総額を決定する際に控除される滞納分保険料収入についてみると、甲二九号証によれば、実績としての滞納繰越収入額は、平成二年度から平成六年度まで過去五年間は、二億五五三八万円から一億七一〇五万六〇〇〇円の間で推移しているにも関わらず、被告市は四億五〇〇〇万円(平成二年度は四億円)を計上し続け、昭和六一年から平成元年度までの保険料還付未済額を含んだ数字でも、実績は、二億五二五七万二〇〇〇円から一億九一五九万八〇〇〇円の間で推移しているのに、毎年四億円を計上していることが認められ、これらの数字を被告市が過去の実績に基づいて推計しているのではなく、収納に対する当局の希望的観測若しくは政策的配慮に基づいて決定していることが明らかである。
また、調定額を割り戻して決定する際に、用いられる予定収納率についてみると、全国平均値九三パーセントを用いているが、これは旭川市の現状(《証拠略》によれば昭和六一年から平成六年までの九年間にわたって、実績値は、八一・三六パーセントから八四・九一パーセントまでの間で推移した)から著しく乖離した数字であるばかりか、そもそも旭川市の収納率を推計するのに、同市のデータがあるのを無視して、殊更に全国の値を採用すること自体合理性に疑問がある。これも被告市が過去の実績に基づいて推計しているのではなく、収納に対する当局の推計に先行した希望的観測若しくは政策的配慮に基づいて決定していることが明らかであり、このような運用が許されていることからみても相当広範な裁量を認めることができる。
なお、被告らは、予定収納率等は議会の承認を受けていると主張するが、それを認めるに足る証拠はなく、かえって、《証拠略》によれば、特別会計予算として議決の対象となるのは、保険料収入の見込額であって、これは一般被保険者分と退職被保険者分が合算された額であること、事項別明細書には、一般被保険者分を抽出した金額が記載されているものの、これは賦課総額決定過程中の差引額に相当するものであって、いわば中間過程が示されているにすぎないこと、調定額や予定収納率はその後の賦課がどうなるかについての参考として欄外(説明欄)に記載されているにすぎないこと、したがって、議会の審議対象外であって、承認を受けるような性質のものでないことが認められる。
(五) 過去の実績値の勘案方法についての選択範囲の広範さ
多くの推計値では、一応、過去のデータを一定の算式で処理して当該年度のデータを推計するという手法を採用しているが、ある推計値を求める際、どのデータに着目するかというデータの選択、どの程度過去に遡ったデータを収集するかというデータ採取の時的範囲、収集したデータを統計的に処理する手法として複数の手法の中からどのような方法を採用するかという方法論の選択について、全く基準がないため、被告市はこれらの組み合わせによる多数の推計方法の中から自由な裁量で選択することが可能になっている。
例えば、<1>平成六年度療養給付費では被保険者数に着目して厚生省方式で推計しながら、療養費では支給件数に着目して推計し、平成八年度ではこれを逆にし、<2>平成六年度年間平均被保険者数を推計するに当たり、平成五年度については、「年間平均被保険者数の減少数が毎年大きく変動している」という理由で平成四年度単年度のデータを使用しながら、平成六年度の推計では同じ理由により平成元年度から平成五年度までの複数年度のデータを使用して推計し、<3>同じ平成六年度の平均被保険者数を推計するのに、全被保険者の場合は過去五年間のデータで指数曲線回帰を用い、若人被保険者数の場合には過去三年間のデータで直線回帰を用い、<4>療養費の算定では「伸び率の変動の大きい」という同じ理由で、件数の推計に当たっては多年度のデータを用い、一件当たり療養費の推計では単年度のデータのみを用いるなど、全く一貫性のない運用を行っている。
また、被告市は、推計の方法として、見込額により、単純に前年度の数字を採用したり、過去数年間のデータの平均値を採ったり、対前年度比の平均によったり、最小自乗法によるなどしており、中には推計方法としての妥当性を疑わせる方法(平成六、七年度の保険料減免分等)までバラエティに富むが、被告市が採った方法の他にも、対前年度比の推計では算術平均よりも理論的に妥当な幾何平均、他の種々の回帰式による回帰分析など他の様々な推計方法の選択の余地があることを考えると、被告市の有する選択肢は相当なものになると言える。そして、被告市が採用している方法については、条例等法規による拘束がないから、被告市はその自由な裁量で推計方法の変更ができ、かつ推計方法の変更が一応合理的なものであれば、直ちに裁量権の濫用となるものではないと解されるところ、現に被告市は、毎年度、法令や本件条例の改正がない部分についても、理由を明らかにしないまま、複数箇所の推計方法を変更している。したがって、被告市は毎年、合理的な説明のつく、多数の試算結果を用意し、その中から自己の政策的判断に適合する結果を選択することも可能であることになる。
この点について、被告らは、技術的な裁量は、本件条例の解釈上認められて当然であり、問題はないとする。しかし、問題は、技術的裁量が本件条例の解釈上認められるか否かではなく、認められる結果、相当な裁量が被告市に与えられてしまうことにあるのであり、それが技術的であるということは賦課要件条例主義を免れる理由にならない。
また、被告らは、入手しうる資料により、可能なかぎり合理的な計算方法によって、最も近似しうる各見込額を算定することを義務づけられているのであり、裁量の余地はほとんどないし、データが三年か五年か等は極めて小さな差にしかならない旨主張する。
しかしながら、関連するデータがいずれも同様の傾向を示し、しかもデータの分布状況が単純な増加や減少の場合には方法論やデータの範囲で推計値が大幅に異なることはないが、逆に傾向がデータ毎に違ったり、増減の傾向がデータの範囲内で途中で変わる場合には、その傾向をいかに評価するかという出発点で、採用するデータの種類、推計方法やデータの採取範囲がかなり異なることになり、当然結果も相当に異なることになる。被告市が推計方法を推計値毎に、また、年度毎に細かく変更しているのも、統一してしまうと被告市当局の期待していたものと一致しない結果になってしまうのを避けるためと推認されるのであって、もし、違いが出ないのであれば、そのような変更をする必要はないことになる。したがって、極めて小さな差にしかならない等と軽々に言うことはできない。
(六) 循環計算の不履行
本件条例によると、右軽減額、減免額の各総計額が幾らになるかは、各割の料率、税額を必要とし、他方、右料率、税額の決定には賦課総額が必要となるという関係があるから、本来、被告市は、資料にもとづき各割の賦課標準総額、総数(賦課所得の総額、資産税額の総額、被保険者総数、被世帯総数)を把握した上、過去の実績に照らし、仮定的に数個の料率をあてはめて、仮定的な賦課総額を数個算出し、これにより算定される軽減額、減免額の総計額を差し引いた数額が前記の調定額に最も近似したものとなるよう、循環的な計算を繰り返し、ようやく収斂した結果をもって、本件条例八条の賦課総額と決定すべきであるが、これを被告市が行っていることは証拠上認められない(二パーセント加算や平成八年度の試算料率との関連性は不明)。
ここにも被告市の裁量を認めることができる。
(七) 推計値の裁量による補正
さらに、年間平均被保険者数、保険料減額分、審査支払手数料の支払件数等幾つかの推計値については、過去の実績値を基に算出した値を、被告市の予測と違うことを理由に「経験に基づいて」「補正」していることを認めることができる。これらの補正については、そもそも補正を必要とするような推計方法を採用したことの当否はしばらく置くとしても、補正の裁量権行使については、客観的には既に存在し、あるいは将来発生すると見込まれる諸要因のうち、どの点をどのように考慮するかによって、その判断には相当に差異が生じうるものであって、そこで行使される裁量の幅は大きいものであるというべきである。
例えば、平成八年度の保険基盤安定繰入金と一般会計繰入金における保険料の減額分については、同じ年度の同じ推計値について一〇月二〇日までか三月三一日までかで増額の補正率が異なる扱いをしている。また、平成八年度の老人保健拠出金では、省令等によって厳格に算定された額を、過去の不用額の存在を理由として、独自の判断で補正していることが認められ、被告市の裁量範囲の広範さをうかがうことができる。
そして、補正を行っていない値も、たまたま被告市の想定数値と一致したから補正を受けずに済んだのであって、被告市の裁量というフィルターを通過した値であることには違いがないということができる。
(八) 推計の合理性を担保する制度の不存在
本件条例八条の規定は被告市が賦課総額を単に内部的に決定して料率を決定することを許しているのであるが、保険料の納付義務者は、料率決定の基礎となった賦課総額がどのようにして確定されたかはもとより、推計方法が変更されてもこれを知る由はなく、確定された賦課総額の金額すらも明らかにされない。また、被告市の担当部局が行った推計や計算過程を第三者が検証する機会もない。
被告らは、特別会計予算が市議会の議決を経ていることを強調するが、予算の議決対象は款項までであるところ、《証拠略》によれば、予算では、一般被保険者と退職被保険者も区別せず、歳入では、保険料、国庫負担金、歳出では療養諸費、老人保健拠出金という結論レベルの記載しかなく、賦課総額の算出過程を検証する資料にはなり得ない。また、事項別明細書を見ても、一般会計繰入金の内訳明細が示されないため、本件条例八条の要素たる「その他国民健康保険事業に要する費用のための収入」該当部分が不明であるほか、各推計値の根拠、推計過程等が明らかにされていると認めるに足る証拠はない。
したがって、本件条例八条に基づいて被告市が賦課総額を決定する過程は、たとえ料率だけが告示されていても、賦課総額及びそれに基づく料率の決定が本件条例に基づいて正しくなされたか否か検討することは不可能である。そして、本件条例において、被告市の賦課総額の確定過程における推計方法が客観的かつ合理的なものであるか否かの点については、保険料賦課処分に対し納付義務者の提起する行政不服審査、行政訴訟において、行政審査、司法審査をうけ、これにより賦課権者による恣意的賦課抑止の機能が期待されるが、納付義務者にとって賦課総額の確定過程、その確定金額、さらにそれに基づく料率確定過程が本件条例に適合するか否かを検討する材料が全くないから、右の不服申立てをすべきか否かの判断は極めて困難なものになっており、右不服申立制度によって恣意的賦課を抑止するという機能も現実には著しく減殺されてしまっているというべきである。
現に、本件各年度における推計方法について、幾つかの疑問点が存することは、前記のとおりであるが、これまで外部から指摘された形跡はない。
したがって、この点からも被告市の裁量は何ら制限されることがなく、推計の合理性は制度的に担保されていないということができる。
3 まとめ
以上検討したとおり、前記の被告市が行使した裁量にはその背景事情や理由が不明なものがあるほか、明らかにされているものについても、そのような事情の認定は被告市に任されているから、被告市がこれを欲すれば、過去のデータから客観的に算出される結果には拘束されないし、過去の収納実績を考慮するといっても、それをどのように考慮するかは、政策的判断が介在するものであって、過去の実績からほぼ自動的に決定されるとか、過去の実績があるから右見込収納率決定に当たっての裁量の幅は狭いとかいうことはできない。仮に、その各政策的判断がそれ自体として国民健康保険制度の目的に照らして合理的なものであるとしても、その合理的とみうる判断には、それぞれ一定の幅があるのであるから、それが積み重なって確定される賦課総額の金額の幅も相当に大きなものとなるのであって、その確定において働かせうる被告市の裁量の余地は現実にも広範なものとなっていることは明らかである。
以上によれば、結局、各見込額を推計して賦課総額を確定する過程においては、被告市によるさまざまな政策的判断が積み重ねられていることが明らかであり、本件条例八条は、被告市に、賦課総額の確定について、自由な裁量による種々の政策的判断の積み重ねによってこれを行うことを許している規定と解するほかない。したがって、重要な賦課要件たる賦課総額の確定をこのように広範な裁量の余地のあるままに被告市に委ねた本件条例八条の賦課総額規定は、やはり賦課要件条例主義に反すると言わざるを得ない。
さらに、本件条例八条の「賦課総額」は前記のとおり積極的に定義づけることは困難な概念であり、本件条例自体は上限も下限も画してはおらず、その金額についての確定は被告市に委ねられているというのであるから、同条の規定が一義的に明確でないことも明らかであり、同条の解釈によってもそれを明確にできるものでもないから、同条の賦課総額規定は賦課要件明確主義にも違反するというべきである。
八 本件各賦課処分の違法性
以上から、本件条例八条の賦課総額規定は、賦課総額の確定を賦課権者に委ねた点において、賦課要件条例主義にも賦課要件明確主義にも違反するというべきであって、憲法九二条、八四条及びこの趣旨を定めた法八一条に違反しており、右のような賦課総額を基礎として料率を決定する点において本件条例一二条もまた、その余について判断するまでもなく、憲法九二条、八四条、及びこの趣旨を定めた法八一条に違反するというべきである。
このように違憲違法な本件条例八条、一二条に基づいてなされた本件各賦課処分の違法性は明らかであり、その違法性の程度において到底軽視しうるものではないから、本件各賦課処分は、いずれも取消しを免れない。
第四 結論
以上、原告の請求は、主位的請求のうち被告市に各年度の保険料賦課処分の取消しを求めた部分について理由があるから、これを認めることとし、被告市長に対する訴えは、前記第一のとおり不適法であるから、これを却下することにし、主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日 平成一〇年一月二七日)
旭川地方裁判所民事部
(裁判官 岡部 豪 裁判官 吉川奈奈)
裁判長裁判官森邦明は、転補のため署名押印することができない。
(裁判官 岡部 豪)